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変化の2025
昨日はゲキレツはやく寝てしまった、、
そのかわりちょっと早く起きれたりして、太陽浴びて、この雰囲気の太陽って、いろんな感情呼び起こすよな…とか思ってたら午後になりました。そんな話はあんまり生活してて誰かに話すことはないんやけど、それでも「ゆうかちゃんって感受性豊かだよね」と山ほど言われるので、なんか滲み出てるものがあるのかもしれないね、笑
この考えすぎ癖を生かすにはブログ書くしかないよね〜、長所兼短所なので、とにかくブログを書きます。
最近ブログに書くので〜って言ってきた、自分の中の変化の話をします
簡単に結論から言うと、
自分の音楽をお客さんにとって価値のあるものにする
ということを意識するようになりました。
わかるよ、そんなのそうやろって思うと思う。
もともとのわたしは「自分のためにうたうのか?人のためにうたうのか?」みたいな考え方をしていて。
その2択で言うと、自分のためにうたっていました。
人のため、だと、なんか押し付けがましいような、責任転嫁しているような、そんな気がしてしまったから。だからこそ自分のやりたい音楽を貫いたし、自分自身と向き合うようにしてきた。
でも、思ったよりも、自分だけでは何もできないし、やっぱり支えてもらってることが多いなぁ、と思うようになって。
そこで最初の結論に戻ります
どんな人がわたしの音楽に寄りかかってくれているのか、どんな時に思い出してくれてるのか、そして
人のチカラになるとはどういうことか。
ありがたいことにお手紙をもらったりdmをもらったり、わたしに答えを教えてくれる人たちがいます。
(たぶん音楽でしか語らない気がするけど)絶望を経験してきたわたしからすると、人って救えないものだと思っていたし、救えるものだと思ってしまうことが絶望してる人に対して失礼だとすら思っていたから、
「救います」とはずっと言えなくて言わずに来てしまった
でも、わたしの音楽に寄りかかってくれる人がいる
そしてその人たちの絶望は大きくて、だけど救うのを諦めなくていいくらいにはわたしを信じてくれていて、
救おうという姿勢を持つようになりたいなって思うようになった。
少しずつ、前向きな、ある種強引な、歌詞の表現が増えてくるかもしれない。でもそれは、ただ救えると信じて疑わないで綴る言葉ではないからね。時には、救われなかった人の横で口ずさめるような曲も書くし、でもゆうかちゃんが言うなら前向いてみようかなって思えるような言葉も使ったりしようかなって思う。
自分の大好きな音楽を続けたい、続けていく中で、ちゃんと手を伸ばしてくれる人に届くように、音楽をしていこう、と思うこの頃です。
さて、2025が終わるね、良いお年を。
1/15OSAKAMUSEでのレコ発企画、ぜひ来てください。
